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Logos -LivexEvil Ante Christum- act.06

エビル外伝六回目です。
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6.


 ミゾロギに連れられて辿りついたのは、ダウンタウンの一角にある小さな場末のバールだった。そう広くもない店内は、20代から30代とおぼしき青年たちで賑っていた。その中の何人かと気軽な挨拶をかわしながら、ミゾロギは店の奥へと進んでゆく。俺は周囲から物珍しげな視線を浴びつつ、ミゾロギの後に従った。
 「ここは、おれみたいなダウンタウン出身の軍人が溜まり場にしてる店でね。安くて濃い酒を出すってんで、みんな重宝してるのさ」
 振り返らずにミゾロギが言う。俺は「へえ」とだけ答えて店内の様子を見まわした。士官学校の構内にあるバールとは、客層も雰囲気もまるで違っている。
 「自分は場違いだっていうことに気がついたか」
 後ろを歩くロウが、感情の薄い口調で言った。
 「うるせぇよ」
 肩越しに睨みつけると、素知らぬ顔をして目を逸らす。
 (こいつ……)
 ムカっ腹が立ってくるのを、俺はかろうじて抑えつけた。
 俺たちのやりとりが聞こえているかいないのか、ミゾロギは慣れた足取りで客の合間を縫ってゆく。再奥の壁際に、上背のある青年が立っているのが見えた。カーキ色のモッズコートを着た青年は、立ち飲み用のテーブルに片肘をついて、近くにいる客と談笑しながらグラスを傾けている。
 ――ふと、青年がこちらを見た。
 前触れもなく目が合って、俺は思わず息を飲む。青年は、男の俺から見ても、はっとするほど整った顔立ちをしていた。
 (あれ……?)
 そして、その顔に俺は、見覚えのようなものを感じた。
 鈴をはったような形の薄茶色の目が、俺をじっと見つめて――それから、小さく笑う。そうすると、端正な顔立ちが少し崩れて、愛嬌のある表情になった。
 「……こいつはまた、珍しい客を連れてきたな、ナガル」
 喧騒の中にあっても不思議と良く通る声で、青年が言う。ミゾロギは、青年の側まで行くと、そこでようやく足を止めた。
 「なぁに。そこの路地でロウと仲良くじゃれあってるのを見かけてね」
 「じゃれあってなんかいない」
 にやりと笑ったミゾロギに、すかさずロウが反論する。こいつはよほど、俺のことが嫌いらしい。俺はうんざりため息を吐くと、テーブルを挟んで青年の正面に立った。
 曇りのない真っ直ぐな目が俺を見据えてくる。力強い虹彩を宿した目だった。正面から向き合うと、圧倒されてしまいそうになる。
 青年がまた、小さく笑った。
 「はじめまして。君のお兄さんには、いつも世話になっているよ」
 「え?」
 (俺の兄さん……?)
 告げられた言葉の意味が分からず、俺はきょとんとしてしまう。そんな俺の反応を見て、青年は浮かべた笑みを深くした。
 「陸軍情報本部所属のソウシュン・ヤエタナ少校だ。君の兄上は俺の直属の上官だよ」
 (ソウシュン・ヤエタナ――)
 その名前には、聞き覚えがあった。ソウシュン・ヤエタナといえば、ニホン人、それもノンキャリアのニホン人でありながら、入隊4年で少校にまで昇進した噂の人物だ。考課は極めて優秀で、情報本部に配属されてから、すでに何度も大きな手柄を挙げている。
 (……そうか。軍の情報サイトで顔写真を見たことがあったから……)
 先ほど感じた見覚えの理由に思い至って、俺はなるほどと納得した。ソウシュン・ヤエタナの名前は、兄の口からも何度か聞いたことがある。極めて優秀な軍人だと、兄はヤエタナを評していた。
 「……驚きました。こんなところで、ヤエタナ少校に会えるなんて」
 「こんなところというのはどういう意味だ」
 俺の言葉に、ロウが横やりを入れる。俺はそれを軽く無視した。兄の部下でもあるヤエタナの前で、ロウと下らない言い合いを繰り広げたくはない。
 「驚いたのはこちらの方さ。君のような子がどうしてダウンタウンに? こう言っちゃなんだけど、良家の子息がうろつくような場所じゃないだろう」
 「こいつは僕のあとをこそこそつけまわしていたんだ」
 しかし、寛大に受け流してやった俺の努力も知らずに、ロウは再び口を開いた。ヤエタナの問いに勝手に答えると、横目で俺を見やる。冷めた視線を向けられて、俺はまたムカついた。
 「人聞きの悪い言い方するなよ。別につけまわしてなんかないだろ」
 ロウに言い返してから、俺はヤエタナを見る。
 「バザールで彼を見かけて……それで、どこに行くのかちょっと気になっただけです」
 「それでも、あとをつけたことには変わりないだろう。僕の言っていることは間違っていない」
 ヤエタナが答える前に、ロウが言葉を被せてくる。
 「それは……あとをつけるにはつけたけど、つけまわしたわけじゃない。ちょっとついて行っただけだ。お前の言い方は大袈裟なんだよ」
 「ちょっとつけるも、つけまわすも、僕にとっては同じことだ」
 「あのなぁ……」
 「ほぅらね。こんな具合にじゃれあってたのさ。面白いだろう?」
 険悪の度合いが増す空気を弛緩させたのは、ミゾロギのひとことだった。腕を組み、壁に背中を軽く預けて、にやにや笑いを浮かべながら俺たち二人を傍観している。それを聞いたヤエタナが、同意するように頷いた。
 「ああ。たしかに面白い。ロウがこんなにむきになる相手は、そうそういないからな」
 「むきになんかなってない。あんたまで妙なことを言うのはやめろ」
 ロウが眉根を寄せる。俺はといえば、これ以上ないというほどに苦り切ったロウの顔を、物珍しく眺めていた。
 「…………」
 俺の視線に気づいたロウは、ふいと顔を大袈裟に背ける。
 (……ったく。ガキかよ)
 俺は自分を棚にあげて、ロウの態度に呆れた。
 「士官学校でも、君とロウはそんな調子なのか?」
 ヤエタナに尋ねられて、俺はまさかと首を振る。
 「いえ……校内では、たまに口をきくぐらいで」
 むしろ、ロウとこんなに言葉を交わしたのは、入学以来初めてのことかもしれない。俺とロウの関係は、その程度のものだった。
 ヤエタナが秀麗な眉を僅かに持ち上げる。そんな仕草の一つ一つが、まるで役者のように様になっていた。持って生まれた雰囲気とでも言うのだろうか。ヤエタナには、他人の目を惹きつける『何か』が備わっていた。
 「士官学校じゃ、君たち二人のどちらが総代を取るかの噂でもちきりだそうじゃないか」
 口許にグラスを運びながら、ヤエタナが言う。
 「……軍の方にまで、そんな話が伝わっているんですね」
 俺はうんざりと肩を落とした。誰も彼もが総代総代。この国はどれだけ暇なのだと、ついつい平和を恨みたくなる。俺の表情を見て、ミゾロギが肩を揺らした。
 「まあ、噂になんのも仕方はないね。万に一つでも、ロウが総代になるなんてことがあれば、ニホンがシェーナに併合されて以来の一大事なんだからさ」
 「僕が総代になるなんて、そんなことあるはずがない」
 無感情にロウが言う。俺は横目でロウを見た。
 「なんでそんなこと言いきれるんだよ? 成績なら、お前の方が上だろう。普通に考えれば、総代はお前だ」
 「……お前は馬鹿か」
 「は?」
 ため息混じりに馬鹿呼ばわりされ、俺は視線を険しめる。しかしロウは、表情一つ変えずに続けた。
 「お前だって、腹の底では思っているはずだ。純粋なシェーナ人でもない僕が、卒業生総代に選ばれるはずがない」
 迷いなく言い切る口調に、一瞬、答えに詰まる。確かにこの国において、ニホン人の地位は決して高いとは言えない。マイノリティに対する差別も、無いとは言えない状況だ。
 だけど、力のある者には等しくチャンスが与えられる。シェーナには、そういう懐の深さもあると俺は思っていた。現にロウは、ダウンタウンの出身ながら、士官学校に入学することが出来た。学内でも、表立って差別を受けている様子はない。学生の間でロウが浮いているのは、ロウ自身の言動に依る部分も多いだろう。
 ヤエタナだって、ニホン人ながら、軍の中枢機関である情報本部に籍を置いている。考課の優秀さにだって、正統な評価が与えられている。だからこそ、入隊から四年という短期間で少校の地位を得ることができたのだ。シェーナ人でも、四年で少校にまで昇る人間はほとんどいない。
 「シェーナの中で、ニホン人の立場が弱いっていうのは、俺も認めるよ」
 俺は、ひと呼吸の間を置くと、ロウを見返した。「でも、能力のある人間には、正しい評価が与えられる。……この国は、そういう国だろ」
 「お前は本当にそう思っているのか」
 強い視線を俺に向けたまま、ロウが言う。俺は顎を引き、頷いた。
 「ああ。思ってるよ」
 「……だとしたら、お前は、何も見ていない」
 俺の答えを聞いたロウは、感情の薄い声色で呟くと、それきり興味を失ったように俺から視線を外した。
 「どういう意味だよ?」
 尋ねても、こちらを見ようともしない。俺はロウの態度に苛立ちを覚えた。「シェーナ人だからとか、ニホン人だからとか、お前が勝手にこだわってるだけだろ。人種とか、血筋とか、そんなに大事なものなのかよ。壁作ってんのはお前の方じゃねぇか」
 「確かにそうかもしれないな」
 答えたのは、ロウではなくヤエタナだった。「交わることを拒んでいるのは、俺たちニホン人の方なのかもしれない。人種や血筋に関係なく、一つになることができるなら、それほど素晴らしいことはないだろう」
 「だったら、どうして――」
 淡々と告げられる言葉に、俺は眉を寄せる。ヤエタナは、表情を崩さぬままに続けた。
 「君は、物ごとをフラットに見ることのできる青年だ。君のそういう部分を、俺は好ましく思うよ。……だけどレン君。君が人種や血筋にこだわりを持たずにいられるのは、君が恵まれた環境で生まれ育ったからだ」
 「…………」
 「マイノリティに生まれ育った俺たちにとっては、人種や血筋は、とても重いものなんだよ。……それはたぶん、君が思う以上にね」
 「言っただろう。お前には分からないって」
 ヤエタナの言葉を継ぐように、ロウが言う。「……お前には、絶対に分からない」
 そんなことは、ない。
 そう、拒絶をしたいのに。
 何故だか俺は、ロウやヤエタナに、言い返すことができなかった。
(つづく)

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  • 2011/02/12(土) 09:42 |
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