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Logos -LivexEvil Ante Christum- act.05

エビル外伝五回目です。
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上記すべてOKの方は以下リンクよりどうぞ。

5.


 その週末、俺はイルハム近郊の実家へと向かっていた。父親から土曜の夜、一度家に戻るようにとの連絡があったからだ。おそらくは、最終試験の結果と卒業生総代の件が呼び出しの理由だろう。せっかくの週末を祖父や父の小言を聞いて潰すのは、あまり愉快な予定とは思えなかったが、無視するわけにもいかない。
 舎長に外出願いを出し、俺は早めに宿舎を出た。トラムに乗って市街の中心部に向かう。家に帰る前に、少し街中を歩きたい気分だった。
 イルハム。人口一千万人を抱える、シェーナ共和国の首都。
 イルハムの街は、新市街と旧市街に分かれている。街の北西部を占める新市街には、政治の中枢機関や軍本部など、国をつかさどる施設が数多く集められている。国立士官学校も、新市街の中にある。
 一方、街の南東部に広がる旧市街には、バザールや庶民の住居、それにダウンタウンと呼ばれるスラムが広がっていた。
 シェーナ人の多くは新市街やその近郊に住み、ニホン人の多くは旧市街に暮らしている。特に、治安の悪いダウンタウンには、ニホン人だけのコミュニティや秘密結社なども存在するという噂だった。

 トラムを降りると、俺は旧市街のバザールに向かった。歩くにつれ、周囲の建物が近代的なビル群から土壁の古いものへと変わり、人の密度が増してゆく。祖父や父、それに士官学校の友人たちは旧市街を嫌っていたが、俺は昔から、この街の空気が嫌じゃなかった。
 『お父様とおじい様には内緒よ』――そう言って、母は時々俺をバザールに連れて来てくれた。細い路地いっぱいにぎっしりと居並ぶ露店の群れや、そこを行き交う人々の熱気。子供の俺にはそれらの景色が、とても面白かった。家ではあまり笑わない母が、バザールを歩く時だけは良く笑ってくれるのも、なんだか嬉しかった。
 中等部に進み、母と一緒に出かける機会がなくなった後も、俺は時々一人でバザールを訪れた。人ごみの中を流されるように歩いていると、新市街にいるときよりも、不思議と自分の輪郭をはっきり感じることができた。
 くもの巣状に入り組んで伸びる土壁の路地を、いつものように、目的も定めず歩いてゆく。士官学校の制服姿が珍しいのか、通り過ぎる人々がもの珍しげな視線を向けてくる。中にははっきりと、敵意の宿る眼差しを向ける人もいた。ニホン人が多く暮らすこの場所では、いつもと違い、シェーナ人である俺がマイノリティなのだ。
 「そこの兄さん、ちょっと見ていかないかい」
 道端から声をかけられる。中年の女がこちらを見上げていた。女の前には大中小、さまざまな金細工がゴザ一杯に所せましと並べられている。「西国で採れた正真正銘の黄金だよ。新市街で買えば一万ディールはする代物さ」
 「正真正銘の黄金ね」
 その場にしゃがみ、小ぶりな髪飾りを手に取る。俺みたいな素人が見ても、ひと目でニセモノと分かる出来栄えだ。「そうだな。百ディールなら買ってもいいけど」
 「バカ言っちゃ困るよ学生さん。それじゃ加工賃にもなりゃしない」
 「でも、これってニセモノだろ? 百ディールでも高いぐらいだと思うんだけど」
 「言いがかりはよしとくれ。そいつは本物の黄金さ」
 女も折れない。薄笑いを浮かべたまま、ひるむことなく言い返してくる。「あんたはなかなか男ぶりがいいからね。多少は値引きしてやるよ。どうだい?」
 「百ディールよりもっと安くしてくれるって?」
 「冗談じゃない。せいぜい八千ディールってとこだね。新市街の人間にとっちゃ安いもんだろ」
 「あいにく、ニセモノの金細工に八千ディールも払えるほど、士官学校の学生は金持ちじゃないんだよ」
 俺は手にした髪飾りを元通りの位置へと戻して、立ち上がった。「それにこんなの買ったところで、肝心の贈る相手がいない」
 「ああ、そうかい」
 女が笑みをしらけさせる。「じゃあ、アンタがお偉い軍人になって、相手が出来たらまた来ておくれ」
 「そうするよ。お邪魔さま」
 軽く返して、俺は再び路地を歩きだした。背後では、すぐに女が別の通行人を呼びとめる声がする。そのたくましさに肩を竦めて、路地の角をひとつ折れた。
 左右の露店を眺めながら、ゆるやかな階段状の坂道を下ってゆく。太陽が少しずつ、西に傾きはじめたのだろう。道に落ちる影が先ほどよりも長い。
 (そろそろ戻るかな)
 夕食前に帰らなければ、祖父や父がまたうるさい。小言の種になるようなものは、出来る限り潰しておくべきだ。
 次第に露店や通行人の数が減り、朽ちかけの建物が目立ち始める。旧市街のかなり深部まで入り込んで来たらしい。陽のかげった路地の奥には、不穏な気配が漂っていた。その先はダウンタウンに通じているのだろう。士官学校の制服姿で足を踏み入れるには、少し勇気の必要な場所だ。
 厄介事に巻き込まれる前に引き返そう。そう思い、踵を返しかけた時。
 (…………!)
 俺は、数メートル先の角から現れた男の姿に、文字通り目を疑った。くすんだ灰色のブルゾンに黒のパンツ。パンツと同じ色の、重そうなアーミーブーツ。
 ――見慣れない服装に身を包んだロウは、白い横顔をほんの一瞬こちらに見せて、すぐに背を向け歩き出す。俺に気づいた様子はない。
 (どうしてあいつが、こんなところに?)
 慣れた足取りで坂道を下るロウの背中を見つめながら、俺は怪訝と眉を寄せた。それからふと、思い出す。そういえば、ロウの実家はバザールで店を営んでいるという話だった。もしかしたら、この辺りにやつの家があるのかもしれない。
 胸の片隅に、微かな好奇心が生まれる。あの変人がどんな家で生まれ育ったのか、興味がないと言えば嘘になる。
 そうこうしている内にも、ロウの背中は遠ざかってゆく。
 「…………」
 気がつけば、俺はその後を追うように足を踏み出していた。他人の後をつけるなど、お世辞にも良い趣味とは言えないが、胸に生まれた好奇心は罪悪感を軽々と越える。
 この辺りの地理には精通しているのだろう。ロウはいくつもの角を折れ、迷路のように入り組む路地を奥へ奥へと進んでゆく。道は徐々に狭さを増し、周囲を漂う不穏な気配は、それに比例して濃くなってゆく。
 (……どこまで行くつもりなんだ?)
 バザールの喧騒はとうの昔に消えていた。辺りの雰囲気からして、すでにここはダウンタウンの中なのだろう。
 (あいつの家って、もしかして、ダウンタウンの中にあんのか……?)
 思ってから、俺はひとりで首を傾ぐ。いくら成績優秀だといっても、スラム出身の人間が国立士官学校に入学できるとは思えない。
 西へと傾ぐ太陽が、細い路地のそこかしこに薄闇を落とし始める。次の角を折れてもあいつが立ち止まらなければ、その時は引き返そう。――胸の中でその言葉を三度目に繰り返した時。
 ふいにロウが足を速めた。
 素早い動きで路地を抜け、あっという間に角の向こうに姿を消す。
 「…………!」
 俺は驚いて後を追った。極力足音を抑えながら、それでも道を急ぎ、ロウが消えた角を折れる。土壁に挟まれた道の先、数メートル先を行く灰色の背中が見える。しかしその背は、その先の角を再び折れてすぐに俺の視界から消えた。
 もしかしてロウは、俺が後をつけていることに、最初から気づいていたんだろうか。舌打ちをして駆けだしながら思う。だとしたら、細い路地が密集するダウンタウンまで誘い込んだのは、俺をうまくまくための行動だったのかもしれない。
 角を勢いよく折れる。案の定、道の先にロウの姿は見当たらなかった。足音も聞こえない。
 「くそっ……、まかれた……」
 俺はがっくりと肩を落として、路地の奥に進んだ。道は崩れかけの壁に突き当たり、T字型に左右へと分かれている。そのどちらにも、人の気配は感じられない。
 完敗だ。相手の方が一枚も二枚も上手だったというわけだ。
 「無駄な労力つかっちまった……」
 ため息を吐き、足取りも重く踵を返す。――そして今度こそ、俺は心臓が止まるほどに驚いた。
 目の前に、今しがたまで背を追っていた張本人が立っている。ロウ・ナギハラは、西日に翳る表情に、はっきりとした不快の色を滲ませて、間近な位置から俺をじっと見つめていた。
 「どういうつもりだ」
 ロウが口を開く。発せられた声音にも、明らかな棘があった。
 「お、……まえ、いつの間に回り込んだんだ!?」
 「どうして僕の後をつけた」
 問いを無視してロウが続ける。俺を見据える眼差しは、普段のロウとは、まるで別人のように鋭い。思わず気押され、俺は小さく息を飲んだ。
 「いや……バザールで、お前の姿を見かけてさ。それで、なんとなく」
 「そんな理由で、お前は他人の後をつけまわすのか」
 ロウの視線が険しさを増す。「もう少し利口なやつかと思ったが、そうでもなかったらしいな」
 吐き捨てるようにロウは言った。
 「…………」
 俺はあ然と口を開けたまま、返す言葉に詰まる。こんな話し方をするロウを見るのは初めてのことだった。
 「さっさと帰れ。お前みたいな世間知らずがうろついていい場所じゃない」
 「なっ……誰が世間知らずだって?」
 「それから、二度と僕をつけたりするな」
 「ちょっ、……おい、待てよ!」
 一方的に言い置いて踵を返そうとしたロウを呼び止める。うるさげにこちらを見遣る目を、俺は真っ直ぐに睨み返した。「たしかに後をつけたのは悪かったよ。悪かった、けどさ。そんな言い方ないんじゃないか?」
 「原因を作ったのはお前だろう」
 「それはまあ、そうだけど……」
 「だったら僕がどう言おうとも、お前にそれを批判する権利はないはずだ」
 「批判っつうか……もう少しマシな言い方があるだろうって、俺はそう言ってんだ」
 「僕はいつも通りに話しているだけだ」
 「いつも通り? 良く言うぜ。学校にいる時のお前と今のお前、まるで別人みたいだぞ」
 「それはお前の勝手な感想だろう」
 取りつく島がないというのは、こういうことを言うのだろう。しらりと返すロウに、徐々に苛立ちが募る。
 「あのなぁ……そんな風だからお前、友達の一人もいないんだぞ」
 「僕は友人など必要としていない。そもそも、」
 そこで一度言葉を切り、ロウは静かに俺を見据える。「純粋なシェーナ人ではない僕に、友人など出来るはずもない。あそこがそういう場所だということは、お前も良く知っているはずだが」
 「…………っ」
 咄嗟に言い返せずに、俺は唇を噛む。
 「もちろん、僕の方からも願い下げだ」
 そんな俺を見据えたまま、切り捨てるようにロウは続けた。それは、嘘のない口振りだった。「もう帰れ。ここはお前の生きている安全な場所じゃない。世間知らずの優等生は、柵の向こうにいればいいんだ」
 「なんだよそれ……どういう意味だよ」
 「言葉通りの意味だが。……もういいだろう。お前に付き合っている時間はない」
 「良くねぇよ。言われっぱなしで納得できるか」
 俺は眉根を寄せた。腹の底からじくじくと苛立ちが湧いてくる。何よりも、ロウの言葉に言い返せない自分自身に焦れていた。
 「柵の向こうってなんなんだよ。だったらお前は何を知ってるって言うんだ?」
 「お前には関係ないだろう。暇つぶしで僕に関わるな」
 「だから、世間知らずとか暇つぶしとか、勝手に決めつけてんじゃねぇよ!」
 「――はいはいはい。二人ともそこまでだ」
 感情にあおられるまま、思わず声を荒げた、その時。
 間延びした声が聞こえると同時に、ふいに背後から、何者かに肩を掴まれた。
 「!?」
 ぎくりとして反射的に振り返る。そこに立っていたのは、見覚えのない男だった。年齢は二十代前半というところだろうか。ゆるい癖のある亜麻色の髪と水色の目をした、一見優男風の青年だ。オフホワイトのラフなシャツと、カーキ色のパンツという服装を見る限り、どうやら一般人らしい。
 青年は俺と目が合うと、にこりと笑った。
 「士官学校の学生さんが、こんな往来でケンカ騒ぎを起こすなんざ、あまり感心しないね。どうせやんなら、もっと人目につかないところでやんな」
 穏やかな口調で俺をたしなめてから、青年がロウを見る。「君もだよ、ロウ。通りで言い合いなんて、いつもの君らしくもない」
 「え……?」
 青年の口から続けて発せられた言葉に俺は驚いた。思わずロウと青年を交互に見遣る。
 ロウは眉間に皺を寄せ、小さなため息を吐いた。
 「言い合いなんかしていない。こいつが勝手に騒いでいるだけだ」
 「お前なぁ――」
 「ああ、ほら。いい加減にしな」
 またしても睨みあいを始めた俺たちの間に、青年が割って入る。「ダウンタウンでもめ事を起こしたとあっちゃ、あとあと厄介事も多いだろう。卒業まであと二カ月だ。軍で出世したけりゃここは大人しくしておくんだね、レン・ウォンシーくん」
 「は――?」
 見知らぬ青年の口から自分の名前を聞かされて、今度こそ俺は目を見開く。どうして彼は俺の名前を知っているんだろう? 水色の目を問うように見つめると、青年は俺の疑問を察したように肩をすくめた。
 「こう見えて、おれも一応軍人なんでね。兄上同様将来有望な、ウォンシー家の次男坊のことは、そこそこ知ってるってわけさ」
 「軍人……?」
 「といっても、君らのようなキャリアじゃなく、叩き上げの一兵卒だけどね」
 そう言ってから、青年は俺に向き直り、おもむろに右手を差し出す。「ナガル・ミゾロギ伍長だよ。よろしく、レンくん」
 「はぁ……」
 戸惑いながらも、俺はその手を握り返した。握手を交わす俺たちを、傍らのロウは物言いたげな目で眺めている。軽い握手を交わして手を離すと、ミゾロギと名乗った男は笑みを深めた。そうして笑っていると、軍人というより、酒場や商店の若主人のようにも見える。どこか世間慣れしていて、垢ぬけた印象のある男だった。
 「さて、と。せっかく知り合いになったんだ。良ければ一杯付き合わないか?」
 「……ナガル」
 気易い調子で誘いの言葉を口にするミゾロギに、ロウがうっそりとした声を出す。その顔は、明らかに俺の存在を歓迎していなかった。そうと知った人間が取るべき行動は二つしかない。潔く身を退くか、無謀にも踏み込むか、だ。普段の俺なら、迷いもせずに前者を選んだだろう。
 ――だが、今の俺は違っていた。先ほどからの苛立ちが、正常な判断力を鈍らせていたのかもしれない。ロウに対する、当てこすりめいた感情が、ふつふつと湧いてくる。
 「……それじゃ、一杯だけ」
 俺はミゾロギに答えた。ロウがこちらに向けてくる、険しい視線には無視を決め込む。
 「そうこないとね」
 ミゾロギがにやりと笑った。「なじみの店が近くにあるんだよ。そこにしよう」
 「わかりました」
 歩き出す相手を追って、俺も足を踏み出す。ロウの傍らを通り抜け際、ち、と小さく舌を擦る音が聞こえた。
 「……いま舌打ちしただろう」
 「していない。お前の幻聴じゃないか」
 横目で睨みつけるも、平然と言い返される。
 「……お前、学校にいるときと、本気で性格違ってねぇか?」
 そう呟いた俺を無視して、ロウはまた、小さくため息を吐いた。
(つづく)

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