Logos -LivexEvil Ante Christum- act.02
エビル外伝二回目です。
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「今年の卒業生総代は、どうやらキミで決まりらしいね」
――ハツカ・フェイリンがそう声をかけてきたのは、卒業式までちょうど二カ月を切った日のことだった。
「なんだよ、急に?」
手元のデータパッドから顔を上げ、俺は怪訝とハツカに尋ねる。
中庭は、昼休みを過ごす生徒たちで賑っていた。その一角、楡(にれ)の大樹が枝葉を広げるスペースは、俺のお気に入りの場所だ。
木の根元にあぐらをかく俺の傍までやってくると、楡の枝葉を背景に、ハツカはにいっと笑った。鼻の上に散ったそばかすと、癖のある赤毛。そして、トレードマークの黒ぶち眼鏡。一年のころ、子供みたいにチビだった背は、四年の間にずいぶん伸びて今は180センチ近い。いつまで経っても変わらないのは、口端から覗く白い八重歯と、噂好きな性格――その二つだけだ。
ハツカは俺のとなりに座ると、データパッドを覗きこんできた。
「なに見てんの? エロ画像?」
「……こんな場所で、真昼間からそんなもん見るかよ、あほ」
「なーんだ、ただのニュースサイトか。つまんないの」
「で、なんで俺が総代で決まりなんだよ」
「ああ、その話」
それかけた話を引き戻すと、数十秒前のことなどすっかり忘れていたという顔で、ハツカはニイと笑った。ずり落ちた眼鏡を人差し指で元の位置へと戻す。「キミの最大のライバルが自滅してくれたからさ」
「……は?」
「ロウだよ、ロウ。二限目の、政治学の講義でさ。クロウス教官と派手にやりあったらしいぜ。なんでも教官相手に、軍閥政治を批判したとかいうハナシ。まったく、さすがだよね、カレ」
口許の笑みはそのままに、ハツカは眉をしかめて見せた。「クロウス教官っていったら、保守も保守、筋ガネ入りのコンサバだよ。そんな相手に軍閥批判をふっかけるなんて、ドラスティックにもほどがある。やっぱりあれかな。頭の良すぎるやつっていうのは、どこかでネジがゆるんじゃってるものなのかな。どう思う? レン」
「そんなこと、俺が知るわけないだろ」
データパッドの画面に目を戻すと、つっけんどんな口調で答える。
「だけどこれで、あいつが卒業生総代に選ばれる可能性はゼロになったよ。クロウス教官は成績評定委員会の副委員長だからね。試験の点数がいくら良くても、自分にかみついた生徒を総代には推さないさ。つまり、選ばれるのは二番手のキミってわけ。おめでとう」
俺の口調を気にする風もなく、ハツカは早口で続けた。
(……二番手とかうるせえよ。あいかわらず、素で失礼なやつ)
さらりと言われた言葉に内心で呟きながら、俺は小さく肩をすくめた。
「どうだかな。まだ、そうと決まったわけじゃないと思うけど」
「え? なんでさ」
「評価を決めるのはクロウス一人じゃないだろう。それに先月の最終試験じゃ、あいつの方がA+がふたつ多かった」
「……まあ、たしかに、カレの優秀さはボクも認めるけどね」
面白くなさそうに鼻を鳴らしてハツカが言う。「でもカレは、ボクたちの代表にはふさわしくないと思うんだ。――だってカレは、生粋のシェーナ人じゃないんだから」
「……まぁた、それかよ」
ハツカの言葉を聞いて、俺はうんざりと首を振った。
国粋主義。シェーナの大半を支配する思想。
国を想い、国を愛すること自体は、悪いものだとは思わない。俺だって、国粋主義者か否かと問われれば、迷いもなく前者と答える。
だけど、時としてそれらの思想は、自分たち以外のものを虐げる排他主義へと姿を変える。とくに、保守的な考え方をする人間が多い軍部では、その傾向が強かった。
クロウスやハツカは、典型的な国粋主義者だ。そして彼らは、ロウのことを語る時、必ずこう付け加えるのを忘れない。
――ロウ・ナギシバは生粋のシェーナ人じゃない。
ロウは、シェーナとニホンのハーフだ。ハツカのような人間にとって、亡国の血が混じるロウが、総代としてこの学校を卒業することは、許しがたく感じられるのかも知れない。正直俺からしてみれば、理屈は理解できても感覚としては理解できない――そんな話だった。一番優秀な成績を修めた者が総代に選ばれる。それは、至極当たり前のことに思えるからだ。
だけどそのことを今ここで、ハツカに話すつもりもなかった。余計なことを言って『レン・ウォンシーは国粋主義を否定する危険因子だ』なんて噂を流されたらたまったものじゃない。卒業前のこの時期に、面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。
「……とにかく、決めるのは俺じゃないからな。なるようになるだけさ」
データパッドをスリープモードに切り換えてカバンを拾うと、俺は楡の根本から立ち上がった。
「ちょっと! キミがそんな弱気じゃ困るんだよね。それに二番手のまま卒業なんて、キミの父上や兄上だってがっかりするんじゃないかな」
地面に座り込んだまま、俺を見上げてハツカが言う。
(……だから、余計な世話だっつうの)
胸中で再び毒づいてから、俺はハツカを見おろす。
「総代なんてただの生徒の代表だろ。誰がなったところで世界が変わるわけじゃない。あんまり気にしすぎんなよ、ハツカ」
データパッドをカバンの中に放り込み、中庭の出口に向けて歩き出す。
「とにかくボクは、断然キミを支持するからね」
しつこく追いかけてくる声に、俺はやれやれと溜息を吐いた。
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――ハツカ・フェイリンがそう声をかけてきたのは、卒業式までちょうど二カ月を切った日のことだった。
「なんだよ、急に?」
手元のデータパッドから顔を上げ、俺は怪訝とハツカに尋ねる。
中庭は、昼休みを過ごす生徒たちで賑っていた。その一角、楡(にれ)の大樹が枝葉を広げるスペースは、俺のお気に入りの場所だ。
木の根元にあぐらをかく俺の傍までやってくると、楡の枝葉を背景に、ハツカはにいっと笑った。鼻の上に散ったそばかすと、癖のある赤毛。そして、トレードマークの黒ぶち眼鏡。一年のころ、子供みたいにチビだった背は、四年の間にずいぶん伸びて今は180センチ近い。いつまで経っても変わらないのは、口端から覗く白い八重歯と、噂好きな性格――その二つだけだ。
ハツカは俺のとなりに座ると、データパッドを覗きこんできた。
「なに見てんの? エロ画像?」
「……こんな場所で、真昼間からそんなもん見るかよ、あほ」
「なーんだ、ただのニュースサイトか。つまんないの」
「で、なんで俺が総代で決まりなんだよ」
「ああ、その話」
それかけた話を引き戻すと、数十秒前のことなどすっかり忘れていたという顔で、ハツカはニイと笑った。ずり落ちた眼鏡を人差し指で元の位置へと戻す。「キミの最大のライバルが自滅してくれたからさ」
「……は?」
「ロウだよ、ロウ。二限目の、政治学の講義でさ。クロウス教官と派手にやりあったらしいぜ。なんでも教官相手に、軍閥政治を批判したとかいうハナシ。まったく、さすがだよね、カレ」
口許の笑みはそのままに、ハツカは眉をしかめて見せた。「クロウス教官っていったら、保守も保守、筋ガネ入りのコンサバだよ。そんな相手に軍閥批判をふっかけるなんて、ドラスティックにもほどがある。やっぱりあれかな。頭の良すぎるやつっていうのは、どこかでネジがゆるんじゃってるものなのかな。どう思う? レン」
「そんなこと、俺が知るわけないだろ」
データパッドの画面に目を戻すと、つっけんどんな口調で答える。
「だけどこれで、あいつが卒業生総代に選ばれる可能性はゼロになったよ。クロウス教官は成績評定委員会の副委員長だからね。試験の点数がいくら良くても、自分にかみついた生徒を総代には推さないさ。つまり、選ばれるのは二番手のキミってわけ。おめでとう」
俺の口調を気にする風もなく、ハツカは早口で続けた。
(……二番手とかうるせえよ。あいかわらず、素で失礼なやつ)
さらりと言われた言葉に内心で呟きながら、俺は小さく肩をすくめた。
「どうだかな。まだ、そうと決まったわけじゃないと思うけど」
「え? なんでさ」
「評価を決めるのはクロウス一人じゃないだろう。それに先月の最終試験じゃ、あいつの方がA+がふたつ多かった」
「……まあ、たしかに、カレの優秀さはボクも認めるけどね」
面白くなさそうに鼻を鳴らしてハツカが言う。「でもカレは、ボクたちの代表にはふさわしくないと思うんだ。――だってカレは、生粋のシェーナ人じゃないんだから」
「……まぁた、それかよ」
ハツカの言葉を聞いて、俺はうんざりと首を振った。
国粋主義。シェーナの大半を支配する思想。
国を想い、国を愛すること自体は、悪いものだとは思わない。俺だって、国粋主義者か否かと問われれば、迷いもなく前者と答える。
だけど、時としてそれらの思想は、自分たち以外のものを虐げる排他主義へと姿を変える。とくに、保守的な考え方をする人間が多い軍部では、その傾向が強かった。
クロウスやハツカは、典型的な国粋主義者だ。そして彼らは、ロウのことを語る時、必ずこう付け加えるのを忘れない。
――ロウ・ナギシバは生粋のシェーナ人じゃない。
ロウは、シェーナとニホンのハーフだ。ハツカのような人間にとって、亡国の血が混じるロウが、総代としてこの学校を卒業することは、許しがたく感じられるのかも知れない。正直俺からしてみれば、理屈は理解できても感覚としては理解できない――そんな話だった。一番優秀な成績を修めた者が総代に選ばれる。それは、至極当たり前のことに思えるからだ。
だけどそのことを今ここで、ハツカに話すつもりもなかった。余計なことを言って『レン・ウォンシーは国粋主義を否定する危険因子だ』なんて噂を流されたらたまったものじゃない。卒業前のこの時期に、面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。
「……とにかく、決めるのは俺じゃないからな。なるようになるだけさ」
データパッドをスリープモードに切り換えてカバンを拾うと、俺は楡の根本から立ち上がった。
「ちょっと! キミがそんな弱気じゃ困るんだよね。それに二番手のまま卒業なんて、キミの父上や兄上だってがっかりするんじゃないかな」
地面に座り込んだまま、俺を見上げてハツカが言う。
(……だから、余計な世話だっつうの)
胸中で再び毒づいてから、俺はハツカを見おろす。
「総代なんてただの生徒の代表だろ。誰がなったところで世界が変わるわけじゃない。あんまり気にしすぎんなよ、ハツカ」
データパッドをカバンの中に放り込み、中庭の出口に向けて歩き出す。
「とにかくボクは、断然キミを支持するからね」
しつこく追いかけてくる声に、俺はやれやれと溜息を吐いた。
(つづく)
- 2010/10/01(金) 00:50 |
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- 2010/10/03(日) 16:14 |
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コメントレスです
コメント、ありがとうございます。
とても励みになる言葉をいただき、感謝です。
自分自身久しぶりにエビルの世界に触れて、
なんだか故郷に戻ったような懐かしい気持ちで、
楽しく書かせていただいています。
少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。
のんびり更新ですが、よろしくお付き合いください。
とても励みになる言葉をいただき、感謝です。
自分自身久しぶりにエビルの世界に触れて、
なんだか故郷に戻ったような懐かしい気持ちで、
楽しく書かせていただいています。
少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。
のんびり更新ですが、よろしくお付き合いください。
- 2010/10/04(月) 00:32 |
- 宙地 |
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