Logos -LivexEvil Ante Christum- act.04
エビル外伝四回目です。
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4.
「そしたらあいつ、なんて言ったと思う? 白紙ってのはなにも書いてない紙のことだ、だってさ。天然なのかバカにしてんのか、どっちなんだろうな」
「天然なんだろ、きっと」
ラウルは小さく苦笑しながら言った。体は机に向けたまま、横顔だけで俺を振り返る。「じゃなきゃ、お前をバカにしてるんだ」
「なんだよそれ。答えになってねぇし」
ベッドにうつ伏せたまま、俺は不服の声を返した。四年越しのルームメイトは、再び机に向き直り、背中を軽く笑わせる。
――士官学校では、入学と同時に宿舎生活が義務付けられる。赤の他人と一つ屋根の下暮らすことで、軍隊に必要な協調性と忍耐力を養う目的があるのだろう。
幸いにして、ラウル・フェンフィとは最初からウマがあった。焦げ茶の髪と褐色の肌、それに、シェーナ人には珍しい薄いブルーの目を持つラウルは、さっぱりとした性格の、陽気で付き合いやすい男だ。左右の壁に沿って置かれた簡素なベッドと、窓際の勉強机、そして座り心地の悪い椅子。それだけしかない部屋での、制約の多い生活も、ラウルのおかげでずいぶん楽しく過ごしてこられたと思う。これが、ハツカやロウのような相手なら、こうはいかなかっただろう。実際、ロウのルームメイトは一年経たずに学校を辞めた。……もちろんその原因が、ロウにあるのかどうかは定かでないが。
「変わってるんだ、本当に」
俺は仰向けに体を転がしながら呟いた。染みの滲んだ天井を、見るともなしに眺める。「あいつがどんな軍人になるのかなんて、ぜんぜん想像つかねぇよ」
「それには同感だけど」
端末のキーボードを軽快に叩きながらラウルが言う。「今日もクロウス教官と派手にやりやったらしいな」
「それなら俺もハツカに聞いた。クロウス相手に軍閥主義を批判したって?」
「その一件のおかげで、卒業生総代はレン・ウォンシーで決まりらしいぞ」
「ハツカが勝手に騒いでるだけだろ」
「あと、学内の保守派連中もな。リーチンとか、チョウバクとかさ」
ぱちん、とひときわ大きな音がして、それを最後にタイプ音が止む。
「……あんまり関わり合いにはなりたくないやつばっか、だな」
名前を聞いて、俺はげんなり呟いた。仰向けのまま、ぐいと首を仰け反らせる。端末の電源を落としこちらに向き直るラウルの姿が、逆さの世界に映った。
「お前はそうでも、向こうは同じようには思っちゃくれないさ。やつらにとってレン・ウォンシーは、ロウ・ナギハラっていう異端に対する旗印みたいなもんなんだから」
「……めんどくせぇ」
心の底からぼやく。勝手になにかのシンボルに祀り上げられることほど、面倒で厄介なことはない。それはこの四年の間に、骨身に沁みて感じたことでもあった。
「お前はいつも、何かっていうとロウと比べられてきたからな」
席を立ったラウルが、自分のベッドに向かう。「まぁそれも、仕方のないことだと思うけど」
「本人にしてみりゃいい迷惑だよ。周りが思うほど俺もあいつも、互いのことなんか意識しちゃいないってのにさ」
ベッドに腰かけるラウルを見やりながら、俺は口を尖らせた。仰向けのまま、頭の下で両のてのひらを組む。少なくとも、ロウは俺のことなんか、まったく意識していない。自分の周りに存在する『その他大勢のひとり』ぐらいにしか認識していないだろう。
「お前らは、似てるけど違いすぎるんだ」
苦笑まじりにラウルが言った。「だから、周りが比べたがる。そういうもんさ」
「……」
俺はまた、天井の染みを眺める。
ロウ・ナギハラは、士官学校に入学した当初から有名人だった。それにはいくつかの理由がある。まず一つめの理由は、やつが入学生総代だったから。二つめの理由は、やつがシェーナとニホンのハーフだったから(この学校に通う生徒の九十九パーセントは生粋のシェーナ人だ)。そして三つめの理由は、やつが初めて出席した軍事史の授業で、教官に向けた言葉のせいだ。
『なぜ、諸国を従え、統率する必要があるのです。それではまるで、近隣の国々は、シェーナの属国のようではありませんか?』
ロウの放ったその言葉は、すぐさま学校中に知れ渡り、一部の生徒たちからは『ロウ・ナギハラを放校処分にするべきだ』という声が上がるほどの騒ぎになった。
それ以外にも、ロウにまつわる噂話は後を絶たない。実はハーフではなく生粋のニホン人なのだとか、飛びぬけて成績が良いのは教官の中に彼と通じている者がいるからだとか、ロウは他国のスパイだとか――数え挙げればキリがない。しかも当の本人が否定も肯定もしないものだから、噂はどんどん尾ヒレをつけて大きくなっていってしまう。
かくして、真偽のほどは確かでないまま、ロウに近づく人間はほとんどいなくなった。もっともロウ本人がそれを気にかけている様子など、まるでなかったのだが。
俺とロウは、入学当時から何かと比べられることが多かった。
生粋のシェーナ人。祖父の代から続く、由緒正しき軍人家系。母が出奔するという『些細なトラブル』はあったものの、何ひとつ不自由のない環境で俺は育った。周囲に俺を羨むやつはいても、さげすむやつはいなかった。
それに対してロウは、シェーナとニホンのハーフだ。両親はイルハムのバザールで小さな店を営んでいるらしい。
この国において、ニホン人の地位は低い。
一世紀以上前に起きた惑星規模の大災害。極東の小さな島国だったニホンは、その災害の影響で、国がまるごと海に沈んだ。母国を失い、国家難民となったニホン人を受け入れたのが、シェーナ共和国だった。
表向き、シェーナはニホン人を温かく迎え入れた。彼らが住むための土地も、生きるための仕事も与えた。しかしその一方で、ニホン人がシェーナ人と共存を始めて一世紀あまり、いまだシェーナの国内に、ニホン人に対する差別はなくならない。おそらくは、ロウの育った家庭もそれほど裕福ではなかったのだろう。バザールに店を出すというのは、シェーナにおける第三層、いうならば貧しい人々のすることに他ならないからだ。
マジョリティに生まれた俺と、マイノリティに生まれたロウ。万年二番手の俺と、常にトップのロウ。これほど比較に適した二人もたしかにいないと、自分のことながら思う。
だけど俺自身は、自分とロウとを比べてどうこう思ったことは、これまで一度もなかった。もともとそういうことに、あまり興味を持てない性格だからかもしれない。それに、自分自身と比べてみるには、俺はロウ・ナギハラという人間をあまりに知らなすぎた。
「軍に入ってからも、同じことが続くのかねぇ」
ごろりと寝がえりを打って、またうつ伏せになる。頬杖を突いて、ラウルを見た。ラウルはベッドの縁に腰かけたまま、変わらぬ苦笑を浮かべている。
「……さぁ、それはどうかな」
友人は、軽く首を傾けて、含みのある物言いをした。それから空気を変えるように、口許に滲む苦さを消す。「それよりも、卒業後の進路は決めたのか?」
「あー……、まだ決めてない」
「はぁ? 冗談だろ」
形の良いくっきりとした眉を持ち上げて、ラウルが呆れ声を上げる。「卒業まであと二ヶ月なんだぞ。留年でもするつもりか?」
「うるせぇな。二ヶ月以内に決めれば問題ないだろ」
俺はうんざりと目を細めた。「何も考えてないってわけじゃない。一応考えちゃいるけど、まだ決めてないだけだ」
「考えちゃいるって、どう考えてるんだ?」
「どうって……まぁ、なるようになるだろ、とか」
「あのなぁ、レン。そういうのは、考えてるとは言わない」
大げさなため息を吐いて、ラウルは首を左右に振った。頭痛がするとでもいうように、こめかみを指でグリと押す。「俺はてっきり、お前は兄貴と同じ情報本部に行くもんだとばかり思ってたよ」
「情報本部かぁ。それでもいいっちゃいいんだけどさ」
思ったままを答えると、もう一度ラウルがため息を吐いた。
「それでもいいってお前……自分のことだろ。何がしたいとかないのかよ」
「したいこと、ねぇ」
頬杖を突いたまま考える。
子供の頃から、大きくなったら軍人になるのだろうと思っていた。祖父も父も軍人で、将来はお前も立派な軍人になるのだと言い聞かされて育ったからだ。それ以上の理由はない。物ごころがつくころには、『軍人になる』という未来が、俺の中には当たり前に存在していた。その意味や、軍人になったあと自分がどうしたいかなど、――気がつけば、考えてみたこともなかった。
「……お前も、ロウとは別の意味で変わってるよな」
語尾をあいまいに濁したまま、それ以上言葉の続かない俺を見て、ラウルが呟く。
「そうかな。……そうかも」
俺は苦笑を浮かべると体を起こした。ベッドの上にあぐらをかく。「お前はたしか、陸軍志望だったよな」
「ああ。Fシリーズを思いっきり飛ばすのが、子供の頃からの夢だからな」
水色の目が無邪気に笑った。
「お前なら、良いパイロットになるんじゃねぇの」
「あたりまえだろ。誰に言ってんだ」
「ラウル・フェンフィ様にだよ。このヒコーキマニア!」
言いながら、枕を掴んで投げつける。咄嗟に受け止めたラウルの手元で、長らく日干しをしていない枕が、派手に埃をまき散らす。
「げほっ、なんだよこの枕! 汚ねぇな! あとマニアって言うな!」
むせながら、ラウルが枕を投げ返してきた。受け取る俺の手元でも、盛大に埃がたつ。同じようにむせる俺を見て、ラウルは可笑しげに笑った。それからふと、笑みをゆるめる。「……軍に入ってからもさ。一緒に働けるといいな」
「どうした? こんな馬鹿やれんのもあと二ヶ月だと思ったら、急に寂しくなったか」
枕を腕に抱えたまま、茶化すように俺は返した。
「……誰が寂しくなったって?」
馬鹿馬鹿しい、というようにラウルがふいと顔を背ける。
「拗ねんなよ、ラウ」
「拗ねてねぇよ。ていうか、なんで俺が拗ねなきゃいけないんだよ」
からかいの言葉を投げると、こちらを向いた横顔が、さらにヘソを曲げた。その様子をおかしく思いながらも――それとはまったく別のところで、俺はぼんやりと考える。
俺は自分と比べられるほど、ロウのことを何も知らない。
だけど俺はそれ以上に――俺自身のことを、何も分かっていないのかもしれない。
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「そしたらあいつ、なんて言ったと思う? 白紙ってのはなにも書いてない紙のことだ、だってさ。天然なのかバカにしてんのか、どっちなんだろうな」
「天然なんだろ、きっと」
ラウルは小さく苦笑しながら言った。体は机に向けたまま、横顔だけで俺を振り返る。「じゃなきゃ、お前をバカにしてるんだ」
「なんだよそれ。答えになってねぇし」
ベッドにうつ伏せたまま、俺は不服の声を返した。四年越しのルームメイトは、再び机に向き直り、背中を軽く笑わせる。
――士官学校では、入学と同時に宿舎生活が義務付けられる。赤の他人と一つ屋根の下暮らすことで、軍隊に必要な協調性と忍耐力を養う目的があるのだろう。
幸いにして、ラウル・フェンフィとは最初からウマがあった。焦げ茶の髪と褐色の肌、それに、シェーナ人には珍しい薄いブルーの目を持つラウルは、さっぱりとした性格の、陽気で付き合いやすい男だ。左右の壁に沿って置かれた簡素なベッドと、窓際の勉強机、そして座り心地の悪い椅子。それだけしかない部屋での、制約の多い生活も、ラウルのおかげでずいぶん楽しく過ごしてこられたと思う。これが、ハツカやロウのような相手なら、こうはいかなかっただろう。実際、ロウのルームメイトは一年経たずに学校を辞めた。……もちろんその原因が、ロウにあるのかどうかは定かでないが。
「変わってるんだ、本当に」
俺は仰向けに体を転がしながら呟いた。染みの滲んだ天井を、見るともなしに眺める。「あいつがどんな軍人になるのかなんて、ぜんぜん想像つかねぇよ」
「それには同感だけど」
端末のキーボードを軽快に叩きながらラウルが言う。「今日もクロウス教官と派手にやりやったらしいな」
「それなら俺もハツカに聞いた。クロウス相手に軍閥主義を批判したって?」
「その一件のおかげで、卒業生総代はレン・ウォンシーで決まりらしいぞ」
「ハツカが勝手に騒いでるだけだろ」
「あと、学内の保守派連中もな。リーチンとか、チョウバクとかさ」
ぱちん、とひときわ大きな音がして、それを最後にタイプ音が止む。
「……あんまり関わり合いにはなりたくないやつばっか、だな」
名前を聞いて、俺はげんなり呟いた。仰向けのまま、ぐいと首を仰け反らせる。端末の電源を落としこちらに向き直るラウルの姿が、逆さの世界に映った。
「お前はそうでも、向こうは同じようには思っちゃくれないさ。やつらにとってレン・ウォンシーは、ロウ・ナギハラっていう異端に対する旗印みたいなもんなんだから」
「……めんどくせぇ」
心の底からぼやく。勝手になにかのシンボルに祀り上げられることほど、面倒で厄介なことはない。それはこの四年の間に、骨身に沁みて感じたことでもあった。
「お前はいつも、何かっていうとロウと比べられてきたからな」
席を立ったラウルが、自分のベッドに向かう。「まぁそれも、仕方のないことだと思うけど」
「本人にしてみりゃいい迷惑だよ。周りが思うほど俺もあいつも、互いのことなんか意識しちゃいないってのにさ」
ベッドに腰かけるラウルを見やりながら、俺は口を尖らせた。仰向けのまま、頭の下で両のてのひらを組む。少なくとも、ロウは俺のことなんか、まったく意識していない。自分の周りに存在する『その他大勢のひとり』ぐらいにしか認識していないだろう。
「お前らは、似てるけど違いすぎるんだ」
苦笑まじりにラウルが言った。「だから、周りが比べたがる。そういうもんさ」
「……」
俺はまた、天井の染みを眺める。
ロウ・ナギハラは、士官学校に入学した当初から有名人だった。それにはいくつかの理由がある。まず一つめの理由は、やつが入学生総代だったから。二つめの理由は、やつがシェーナとニホンのハーフだったから(この学校に通う生徒の九十九パーセントは生粋のシェーナ人だ)。そして三つめの理由は、やつが初めて出席した軍事史の授業で、教官に向けた言葉のせいだ。
『なぜ、諸国を従え、統率する必要があるのです。それではまるで、近隣の国々は、シェーナの属国のようではありませんか?』
ロウの放ったその言葉は、すぐさま学校中に知れ渡り、一部の生徒たちからは『ロウ・ナギハラを放校処分にするべきだ』という声が上がるほどの騒ぎになった。
それ以外にも、ロウにまつわる噂話は後を絶たない。実はハーフではなく生粋のニホン人なのだとか、飛びぬけて成績が良いのは教官の中に彼と通じている者がいるからだとか、ロウは他国のスパイだとか――数え挙げればキリがない。しかも当の本人が否定も肯定もしないものだから、噂はどんどん尾ヒレをつけて大きくなっていってしまう。
かくして、真偽のほどは確かでないまま、ロウに近づく人間はほとんどいなくなった。もっともロウ本人がそれを気にかけている様子など、まるでなかったのだが。
俺とロウは、入学当時から何かと比べられることが多かった。
生粋のシェーナ人。祖父の代から続く、由緒正しき軍人家系。母が出奔するという『些細なトラブル』はあったものの、何ひとつ不自由のない環境で俺は育った。周囲に俺を羨むやつはいても、さげすむやつはいなかった。
それに対してロウは、シェーナとニホンのハーフだ。両親はイルハムのバザールで小さな店を営んでいるらしい。
この国において、ニホン人の地位は低い。
一世紀以上前に起きた惑星規模の大災害。極東の小さな島国だったニホンは、その災害の影響で、国がまるごと海に沈んだ。母国を失い、国家難民となったニホン人を受け入れたのが、シェーナ共和国だった。
表向き、シェーナはニホン人を温かく迎え入れた。彼らが住むための土地も、生きるための仕事も与えた。しかしその一方で、ニホン人がシェーナ人と共存を始めて一世紀あまり、いまだシェーナの国内に、ニホン人に対する差別はなくならない。おそらくは、ロウの育った家庭もそれほど裕福ではなかったのだろう。バザールに店を出すというのは、シェーナにおける第三層、いうならば貧しい人々のすることに他ならないからだ。
マジョリティに生まれた俺と、マイノリティに生まれたロウ。万年二番手の俺と、常にトップのロウ。これほど比較に適した二人もたしかにいないと、自分のことながら思う。
だけど俺自身は、自分とロウとを比べてどうこう思ったことは、これまで一度もなかった。もともとそういうことに、あまり興味を持てない性格だからかもしれない。それに、自分自身と比べてみるには、俺はロウ・ナギハラという人間をあまりに知らなすぎた。
「軍に入ってからも、同じことが続くのかねぇ」
ごろりと寝がえりを打って、またうつ伏せになる。頬杖を突いて、ラウルを見た。ラウルはベッドの縁に腰かけたまま、変わらぬ苦笑を浮かべている。
「……さぁ、それはどうかな」
友人は、軽く首を傾けて、含みのある物言いをした。それから空気を変えるように、口許に滲む苦さを消す。「それよりも、卒業後の進路は決めたのか?」
「あー……、まだ決めてない」
「はぁ? 冗談だろ」
形の良いくっきりとした眉を持ち上げて、ラウルが呆れ声を上げる。「卒業まであと二ヶ月なんだぞ。留年でもするつもりか?」
「うるせぇな。二ヶ月以内に決めれば問題ないだろ」
俺はうんざりと目を細めた。「何も考えてないってわけじゃない。一応考えちゃいるけど、まだ決めてないだけだ」
「考えちゃいるって、どう考えてるんだ?」
「どうって……まぁ、なるようになるだろ、とか」
「あのなぁ、レン。そういうのは、考えてるとは言わない」
大げさなため息を吐いて、ラウルは首を左右に振った。頭痛がするとでもいうように、こめかみを指でグリと押す。「俺はてっきり、お前は兄貴と同じ情報本部に行くもんだとばかり思ってたよ」
「情報本部かぁ。それでもいいっちゃいいんだけどさ」
思ったままを答えると、もう一度ラウルがため息を吐いた。
「それでもいいってお前……自分のことだろ。何がしたいとかないのかよ」
「したいこと、ねぇ」
頬杖を突いたまま考える。
子供の頃から、大きくなったら軍人になるのだろうと思っていた。祖父も父も軍人で、将来はお前も立派な軍人になるのだと言い聞かされて育ったからだ。それ以上の理由はない。物ごころがつくころには、『軍人になる』という未来が、俺の中には当たり前に存在していた。その意味や、軍人になったあと自分がどうしたいかなど、――気がつけば、考えてみたこともなかった。
「……お前も、ロウとは別の意味で変わってるよな」
語尾をあいまいに濁したまま、それ以上言葉の続かない俺を見て、ラウルが呟く。
「そうかな。……そうかも」
俺は苦笑を浮かべると体を起こした。ベッドの上にあぐらをかく。「お前はたしか、陸軍志望だったよな」
「ああ。Fシリーズを思いっきり飛ばすのが、子供の頃からの夢だからな」
水色の目が無邪気に笑った。
「お前なら、良いパイロットになるんじゃねぇの」
「あたりまえだろ。誰に言ってんだ」
「ラウル・フェンフィ様にだよ。このヒコーキマニア!」
言いながら、枕を掴んで投げつける。咄嗟に受け止めたラウルの手元で、長らく日干しをしていない枕が、派手に埃をまき散らす。
「げほっ、なんだよこの枕! 汚ねぇな! あとマニアって言うな!」
むせながら、ラウルが枕を投げ返してきた。受け取る俺の手元でも、盛大に埃がたつ。同じようにむせる俺を見て、ラウルは可笑しげに笑った。それからふと、笑みをゆるめる。「……軍に入ってからもさ。一緒に働けるといいな」
「どうした? こんな馬鹿やれんのもあと二ヶ月だと思ったら、急に寂しくなったか」
枕を腕に抱えたまま、茶化すように俺は返した。
「……誰が寂しくなったって?」
馬鹿馬鹿しい、というようにラウルがふいと顔を背ける。
「拗ねんなよ、ラウ」
「拗ねてねぇよ。ていうか、なんで俺が拗ねなきゃいけないんだよ」
からかいの言葉を投げると、こちらを向いた横顔が、さらにヘソを曲げた。その様子をおかしく思いながらも――それとはまったく別のところで、俺はぼんやりと考える。
俺は自分と比べられるほど、ロウのことを何も知らない。
だけど俺はそれ以上に――俺自身のことを、何も分かっていないのかもしれない。
(つづく)
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